圏と関手の基本

圏と関手については, 最も有名なのは Mac Lane の本[Mac98]である。 この本は読む本ではなく辞書として使うものだと思うが。他にも, 色々な本の最初に準備として圏と関手のことがまとめてある。 特にホモロジー代数の本など。 D. Spivak らの [Spi+] では, 非専門家向けの本として Lawvere と Schanuel の [LS09] と Awodey の [Awo10] が挙げられている。Spivak 自身「科学のための圏論」 [Spi14] を書いている。(古いversion は「科学者のための圏論」として arXiv [Spi] から入手可能。) 最近のものでは, Leinster の本 [Lei14] がある。arXiv から download できるようになったのは嬉しい。 Riehl の本 [Rie16] もよい。

基本的な圏と関手の言葉をこれらの本で学んでから, Riehl の別の本 [Rie14] を読むとよい。この本では enriched category, homotopy (co)limit, model category, quasicategory などが扱われていて, 「ホモトピー論のための圏論」としてよくまとまっている。

集合全体などを集合として扱うときの問題を解決するために, Grothendieck らは [SGA4-172] で universe の概念を用いたが, universe を用いた category theory の基礎については, Kashiwara と Schapira の本 [KS06] がある。 浅芝の [浅芝秀19] も詳しい。 圏論のための集合論的な基礎については Shulman の [Shu] もある。

まずは, Mac Lane の本で以下のことを調べておくとよい。

  • 圏 (category) の定義
  • 共変関手 (covariant functor) と反変関手 (contravariant functor) の定義
  • 自然変換 (natural transformation) の定義

これらの最も基本的な概念, 特に natural transformation は, Eilenberg と Mac Lane により [EM42] で導入されたようである。 論文としては, [EM45] の方が有名だと思うが。

ただし, small category は, 代数的構造組み合せ論的構造と考えることができるので, quiver を基礎とした視点も知っておくとよい。

  • quiver
  • small category は quiver に合成を定義したもの
  • object の集合が \(S\) である small category は, vertex の集合が \(S\) である quiver の成す monoidal category での monoid object

このようにみなすと, covariant functor を left module, contravariant functor を right module とみなすことができる。 よって, bimodule も考えることができるが, それを一般化したものとして profunctor という概念がある。 1960年代に [Jus], [Bun66], [And66] などの文献で登場した。未出版のものが多いが。 また, Benabou が [Bén73] で distributor として導入したものと同じである。

  • profunctor

部分圏の中で最も良く目にするのは full subcategory だろう。つまり, object を制限しただけで, 2つの object の間の morphism は制限しないものである。 逆に, object はそのままで, morphism だけ制限する wide subcategory という概念もある。Wide subcategory は, lluf subcategory と呼ばれることもある。例えば, Barwick の [Bar10] で使われている。Directed edge polytope に関する [NTT] の中でも使った。Category ではなく quiver に対してであるが。

  • full subcategory
  • wide subcategory あるいは lluf subcategory

Abel群の圏は群の圏の部分圏であるが, その包含は Abelianization という left adjoint を持つ。 の圏の前層の圏への包含も, sheafification という left adjoint を持つ。 このような部分圏を reflective subcategory という。もちろん right adjoint を持つ場合もあり, coreflective subcategory と呼ばれる。両方持つ場合は, Cortés-Izurdiaga, Crivei, Saorín の [CCS23] では, bireflective subcategory と呼ばれている。

  • reflective subcategory
  • coreflective subcategory
  • bireflective subcategory

圏に各種構造を付加したものや, ある性質を持つ圏の class を考えたりすることは多い。Monoidal categoryacyclic category など。

圏全体は圏になるので, isomorphism の概念を考えることができる。 しかしながら, 圏全体は \(2\)-category になるので, 二つの圏の間の関係としては, isomorphism より equivalence を考えた方が自然である。

このように, 圏を考えるときにはequivalence で不変なものが本質的である, という考え方を principle of equivalence というらしい。 nLab のページに解説がある。

  • principle of equivalence

例えば, 圏は object と morphism により定義することが多いが, 小圏の object の集合は equivalence で不変ではないので, 本質的ではない。 このように, 圏を object と morphism で定義したときは, 群を生成元と関係式で表したようなもので, 「圏の表示」を与えただけとみなすべきなのである。

ではどのように圏を定義すればよいのか, と思うかもしれないが, それについては, この MathOverflow の質問に対する回答が参考になる。圏は, 「構造を持った groupoid」 とみなすべき, と言っている。 この考え方は, \((\infty ,1)\)-category を理解するためにも基本的である。

群の圏や位相空間の圏などの autoequivalence については, Freyd の [Fre64] の 28 ページあたりからの exercise に書いてある。

  • 集合の圏, 群の圏, 位相空間の圏の autoequivalence には自明なものしかない。
  • small category の圏の autoequivalence の成す群は位数\(2\)の巡回群である。

これらの証明は, 圏の “generator” となる object に着目するものであり, Morita equivalence で使われるアイデアとも共通するものである。

圏の生成は, triangulated categorymodel category を扱う際に必要になる重要な問題なので, 様々な条件やテクニックが考えられている。一般の圏でも, locally presentable や accessible などの条件が考えられている。これについては, AdamekとRosickyの本 [AR94] がある。

関手については, 共変関手か反変関手かをいちいちことわるのは面倒である。 それで, 全ての関手は共変関手であるとし, 反変関手はopposite category からの共変関手とするのが普通である。

  • category \(C\) に対し, その opposite category \(C^{\op }\) の定義

関手の間の関係としては, natural transformation で与えられるものの他に, Kan [Kan58] により導入された adjoint という関係が最も重要である。

Adjoint functor と関係が深いものとして limit や colimit の概念がある。 そして, それらと関係が深いのが Kan extension である。

Kan extension については, Mac Lane の本 [Mac98] や Kashiwara と Schapira の本 [KS06] を見るとよいだろう。

Object や morphism に対しては, 以下の概念がある。

  • monomorphism
  • epimorphism
  • isomorphism
  • initial object
  • terminal object
  • zero object
  • projective object
  • injective object

具体的な圏で, 上の概念がどういうものかを確かめておくとよい。 気をつけなければならないのは, 群の圏や環の圏などのように object が集合に構造を入れた圏では, 圏論的に定義された monomorphism や epimorphism と集合の間の写像としての単射や全射が一致しないかもしれないことである。 これについては, G.A. Reid の [Rei70] に様々な例がある。 Hopf algebra の圏については, Chirvasitu の [Chi10] がある。

Muro の [Mur16] の §2 には, pushout を用いた全射の特徴付けがある。 もちろん, 双対的に単射の特徴付けもある。 Model category では, homotopy epimorphism や homotopy monomorphism の特徴付けに拡張できる。Homotopy epimorphism は Muro の論文に, homotopy monomorphism の場合は Toën の [Toë07] にある。

自分自身への epimorphism が自動的に isomorphism になる object を Hopfian object という。双対的に自分自身への monomorphism が isomorphism になる object を co-Hopfian objectという。Varadarajan が [Var92] などで調べている。

  • Hopfian object
  • co-Hopfian object

集合の圏では, 任意の morphism は全射と単射の合成に分解できるが, 一般の圏でも morphism を二つの morphism の合成に (functorial に) 分解することは重要である。そのような分解を factorization system という。例えば, 現代的な model category の定義などで使われる。

既存の圏から新たな圏を作る操作もいろいろある。

ある圏の morphism の成す圏 \(\category {Mor}(C)\) は, モデル圏 の定義に登場する。

関手の成す圏については「米田の補題」という有名な事実がある。

一般に代数的構造を記述するときにも圏と関手の言葉は役に立つ。 より複雑な構造を記述するためには, triple (monad) や cotriple (comonad), そして operad などの概念が重要である。 そして operad は, multicategory という圏の一般化の object が1つの場合である。 他にも様々な方向での圏の一般化が考えられている。

圏や関手のような抽象的なものを理解しようとするときには, なるべく多くの具体的例を考えるとよい。(大きな) 圏の例としてはまずは以下のものが基本だろう。

  • 位相空間と連続写像の成す圏
  • アーベル群と準同形の成す圏
  • 環上の左あるいは右加群の成す圏
  • chain complex と chain map の成す圏

Small category (とみなせるもの) の例としては, 以下のものがある。

References

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