CW複体をはじめとした cell complex

古い代数的トポロジーの本は,「空間\(=\)CW複体」という立場で書かれたものが多い。 一般の位相空間ではなく, CW複体を用いるのにはいくつか理由がある。

  1. 多様体など, 重要な空間はCW複体の構造を持つ場合が多い。
  2. 任意の位相空間は, CW複体と 弱ホモトピー同値である。
  3. CW複体に関する命題は, 胞体の数や次元に関する帰納法で証明できることが多い。
  4. CW複体の 古典的なホモロジーは, CW複体の胞体構造を用いて「生成元と関係式」で記述できる。

2番目の性質により, ホモトピー群ホモロジー群を考えるときは, 全てCW複体と仮定してよいわけである。このときの CW複体を CW approximation という。May の Concise Course [May99] の section 10.5, 10.6, 10.7 や Hatcher の本 [Hat02] の section 4.1 や tom Dieck の本 [Die08] の section 8.6 に構成が書いてある。ただし, Hatcher や tom Dieck のものは空間対の場合や triad の場合は書いていない。May の本を見るのが良いと思う。

  • CW approximation

逆に言えば, 一般の位相空間を扱うのは難しいからCW複体に限定して考えてきたのである。 同様の目的のために, simplicial complex が既に導入されていたが, Henry Whitehead [Whi49] は finite complex のホモトピー型を記述するためには, simplicial complex より cell complex がより適していることに気がつき, CW複体を導入したようである。

しかしながら, 現在の代数的トポロジーは, かつてほどCW複体中心ではなくなっている。 Model category の視点から考えることが普及したことも, 大きな理由の一つである。 位相空間の Quillen model structure では, cofibration は relative cell complex という, ある空間 \(X\) から \(X\) に cell を貼り付けてできた空間 \(Y\) への包含写像 (のレトラクト) であるが, cell の貼り付け方は, かなり自由であり, 境界が1つ次元の低い skeleton に入っていなくてもよい。

一般に model category のホモトピー圏は, その cofibrant object の成す部分圏と同値になるので, 位相空間の弱ホモトピー型を考えるときは, Quillen model structure の cofibrant object に replace して考えることができるが, cofibrant object は CW複体よりずっと緩い貼り付け方で cell を貼り付けてできる空間である。 これが, 昔の文献でよく使われる 「CW複体のホモトピー型を持つ空間の圏」に対応するものである。

また, simplicial complex の一般化としては, simplicial set もあるが, 「CW複体のホモトピー型を持つ空間の圏」より simplicial set の圏で考えた方が, 理論的にスッキリする。 この方向では, Kan やその周辺の人達の論文のように「空間 \(=\) simplicial set」という立場で書かれていることが多い。

一方で, 単体的複体を始めとした有限 (regular) cell complexは, 組み合せ論の道具や研究対象として, 重要な役割を果すようになってきている。Kozlov らにより topological combinatorics という分野が急速に発展してきており, 代数的トポロジーの視点からも別の視点から cell complex について知っておく必要が出てきた。そのような分野では, hyperplane arrangement による分割のように cellular decomposition より一般的な disk への分割も扱う必要がある。 そのために, [Tam18] で cellular stratified space というものを導入してみた。

また, 複雑なデータを表わすのに低次元の cell complex を用いることもある。 代表的なものは, \(1\)次元の cell complex, つまり グラフである。 より高次元のものとしては, 例えば topological quantum field theory などで使われる図がある。Khovanov は [Kho04] で quantum \(\mathfrak {sl}(3)\) link invariant の categorification の構成の際に foam という \(\R ^3\) に埋め込まれた\(2\)次元 cell complex を用いている。

重要な空間については, その胞体分割を知っておくとよいと思う。特に, 「良い分割」を。

胞体分割できる空間の代表的なものは 多様体である。 関連してMorse理論を勉強しておくとよい, と思う。特に, Forman の discrete Morse theory は, CW複体の cell の数を最適化する手法であり, CW複体の理解を深めてくれる。

CW複体 (胞体複体) は, disk を張り合わせて作られた空間であるが, disk に限らずある特定の空間を張り合わせてできる空間を考える, あるいはその様な張り合わせに分割することを考えることもできる。例えば, 群 \(G\) の作用を持つ空間については, \(G\)-CW complex という構造が考えられている。 Lück の本 [Lüc89] で扱われている。

  • \(G\)-CW complex

より一般の空間を貼り合せたものとして Minian と Ottina [MO06; MO08] の \(\mathrm {CW}(A)\)-complex というものもある。Ottina は [Ott11] でホモロジー群などを, [Ott16]で model structure を考 えている。

  • \(\mathrm {CW}(A)\)-complex

よりホモトピー論的なアプローチとしては cellularization というものがある。

Operator algebra の視点から “self-similar CW-complex” という概念が [CGI09] で定義されている。簡単に言えば, \(L^2\)-Betti number などの \(L^2\) 不変量が定義できるような空間である。

\(C^{*}\)-algebra, つまり noncommutative homotopy theory の視点からは, CW複体の非可換版が定義されている。

ホモロジーを取り出すためなら, 実際の位相空間は必要ない。 “胞体の集合” と incidence number があればよい。その視点で, Lefschetz complex という構造が Mrozek の [Mro17] で定義されている。

  • Lefschetz complex

Lefschetz の本 [Lef42] に登場するので, そのように名付けられたようである。

References

[CGI09]

Fabio Cipriani, Daniele Guido, and Tommaso Isola. “A \(C^*\)-algebra of geometric operators on self-similar CW-complexes. Novikov-Shubin and \(L^2\)-Betti numbers”. In: J. Funct. Anal. 256.3 (2009), pp. 603–634. arXiv: math/0607603. url: https://doi.org/10.1016/j.jfa.2008.10.013.

[Die08]

Tammo tom Dieck. Algebraic topology. EMS Textbooks in Mathematics. European Mathematical Society (EMS), Zürich, 2008, pp. xii+567. isbn: 978-3-03719-048-7. url: http://dx.doi.org/10.4171/048.

[Hat02]

Allen Hatcher. Algebraic topology. Cambridge: Cambridge University Press, 2002, pp. xii+544. isbn: 0-521-79160-X; 0-521-79540-0.

[Kho04]

Mikhail Khovanov. “sl(3) link homology”. In: Algebr. Geom. Topol. 4 (2004), pp. 1045–1081. arXiv: math/0304375. url: http://dx.doi.org/10.2140/agt.2004.4.1045.

[Lef42]

Solomon Lefschetz. Algebraic Topology. American Mathematical Society Colloquium Publications, v. 27. New York: American Mathematical Society, 1942, pp. vi+389.

[Lüc89]

Wolfgang Lück. Transformation groups and algebraic \(K\)-theory. Vol. 1408. Lecture Notes in Mathematics. Mathematica Gottingensis. Berlin: Springer-Verlag, 1989, pp. xii+443. isbn: 3-540-51846-0.

[May99]

J. P. May. A concise course in algebraic topology. Chicago Lectures in Mathematics. Chicago, IL: University of Chicago Press, 1999, pp. x+243. isbn: 0-226-51182-0.

[MO06]

Gabriel Minian and Miguel Ottina. “A geometric decomposition of spaces into cells of different types”. In: J. Homotopy Relat. Struct. 1.1 (2006), pp. 245–271. arXiv: math/0612254.

[MO08]

Elias Gabriel Minian and Enzo Miguel Ottina. “A geometric decomposition of spaces into cells of different types. II. Homology theory”. In: Topology Appl. 155.16 (2008), pp. 1777–1785. url: https://doi.org/10.1016/j.topol.2008.05.015.

[Mro17]

Marian Mrozek. “Conley-Morse-Forman theory for combinatorial multivector fields on Lefschetz complexes”. In: Found. Comput. Math. 17.6 (2017), pp. 1585–1633. arXiv: 1506.00018. url: https://doi.org/10.1007/s10208-016-9330-z.

[Ott11]

Enzo Miguel Ottina. “\(A\)-homology, \(A\)-homotopy and spectral sequences”. In: J. Homotopy Relat. Struct. 6.1 (2011), pp. 161–173. arXiv: 1104.3726.

[Ott16]

Miguel Ottina. “An \(A\)-based cofibrantly generated model category”. In: Topology Appl. 197 (2016), pp. 60–74. arXiv: 1405.2086. url: https://doi.org/10.1016/j.topol.2015.10.015.

[Tam18]

Dai Tamaki. “Cellular stratified spaces”. In: Combinatorial and toric homotopy. Vol. 35. Lect. Notes Ser. Inst. Math. Sci. Natl. Univ. Singap. World Sci. Publ., Hackensack, NJ, 2018, pp. 305–435. arXiv: 1609.04500.

[Whi49]

J. H. C. Whitehead. “Combinatorial homotopy. I”. In: Bull. Amer. Math. Soc. 55 (1949), pp. 213–245. url: https://doi.org/10.1090/S0002-9904-1949-09175-9.