各種空間と空間に対する操作

トポロジーでは, 位相空間とその間の連続写像を調べる。 ではどの位相空間から始めればよだろう? 世の中には様々な位相空間があり, 中には pathological (病的) なものもある。位相空間論の教科書で, 読者の「常識」を打ち砕くための反例として選ばれるようなもの [SS95] である。

“Analysis Situs” [Poi96] で Poincaré が調べたかったのは多様体である。しかしながら, 多様体の圏の中で議論を済ませようすると不便なことが多い。 可能な操作が非常に限られてしまうからである。 実際, Poincaré は, 最初 Euclid 空間の部分多様体の “homologous” という関係による同値類の集合を “ホモロジー群” として定義しようとしたのであるが, すぐにその不完全さを指摘されてまった。 例えば, 和を二つの多様体の和集合として定義しようにも, 部分多様体の和集合は多様体になるとは限らない。 この困難を克服するために, Poincaré は単体分割を持った空間, つまり単体的複体を考えざるを得なくなったのである。

単体的複体でもまだ不自由なことは多く, そのため代数的トポロジーでは CW 複体単体的集合 (simplicial set) という二つの一般化を持つに至った。分野にもよるが, ’60 年代ぐらいまでは CW 複体で, 最近は simplicial set の圏で議論をすることが多い。 もちろん今でも CW 複体は重要な概念である。また, 他にも代数的トポロジーを行なうのに適した圏は色々ある。

このような一般的な空間の class の大雑把な性質ではなく, 特定の問題に現われる空間を詳しく調べることも重要である。

現代の代数的トポロジーの特徴として, 空間レベルで様々な操作を行うことが挙げられる。 現代数学に触れたことのない人は, 「数学とは, 与えられた数から様々な演算や関数を用いて計算結果を得ること」 と思っている人が多いように思うが, 誤解を恐れずに言うと, ここで「数」を「空間」に変えたことが実際に行なわれているのが, 現代の代数的トポロジーの最大の特徴ではないかと思う。 例えば, Goodwillie 流の関手の微分など。

そのような空間レベルの操作を行なう際によく現れるのが, 空間の図式やその特別な場合である群作用である。 これらは空間の概念の一般化とみなすことができる。 他にも様々な一般化された空間が考えられており, それらに対しても代数的トポロジーの手法が拡張されている。

「代数的トポロジーの手法」の代表的なものは, ホモロジー群ホモトピー群などの代数的なホモトピー不変量であるが, そのようなものでは, 位相空間の圏を完全に記述することができないことを Freyd が [Fre70] で示している。 この MathOverflow の質問の回答によると, この結果は Freyd uncertainty principle と呼ばれているようである。

  • Freyd uncertainty principle

References

[Fre70]

Peter Freyd. “Stable homotopy. II”. In: Applications of Categorical Algebra (Proc. Sympos. Pure Math., Vol. XVII, New York, 1968). Providence, R.I.: Amer. Math. Soc., 1970, pp. 161–183.

[Poi96]

Henri Poincaré. Œuvres. Tome VI. Les Grands Classiques Gauthier-Villars. [Gauthier-Villars Great Classics]. Géométrie. Analysis situs (topologie). [Geometry. Analysis situs (topology)], Reprint of the 1953 edition. Sceaux: Éditions Jacques Gabay, 1996, pp. v+541. isbn: 2-87647-176-0.

[SS95]

Lynn Arthur Steen and J. Arthur Seebach Jr. Counterexamples in topology. Reprint of the second (1978) edition. Dover Publications, Inc., Mineola, NY, 1995, pp. xii+244. isbn: 0-486-68735-X.