モデル圏について思うこと

ホモトピー論とホモロジー代数を統一する概念として一般的になったモデル圏であるが, それだけでホモトピー論やホモロジー代数に現れる概念を全て扱えるわけではない。

個人的な意見であるが, 自然な疑問として以下のものがある。

  1. モデル圏の概念だけでは cover し切れないものもある。例えば quasifibration などである。 その定義から明らかなように, quasifibration と weak equivalence は密接な関係にあるが, 位相空間の圏の標準的なモデル構造としては Serre fibration を fibration として使っている。

    Quasifibration と weak equivalence を含んだ概念を定式化できないだろうか。

    Quasifibration は homotopy fiber, つまり homotopy limit を用いて定義されるが, homotopy limit と weak equivalence を元に公理化することはできるだろうか。

  2. Goodwillie calculus で扱う functor \[ F : \bm {C} \longrightarrow \bm {D} \] は \(\bm {C}\) も \(\bm {D}\) も位相空間の圏や spectrum の圏のようにモデル圏になっている場合が多いが, 定義域の圏では fibration は重要ではない。例えば, orthogonal calculus [Wei95] では, 定義域 \(\bm {C}\) は内積を持つ有限次元ベクトル空間と内積を保つ線型写像の圏であり, fibration は isomorphism だけである。また値域の圏では, モデル圏であるだけでなく, ホモトピー極限が必要になる。

    一般的に “calculus of functors” を行なうためには, その定義域と値域に必要な条件は何だろう? 例えば, 定義域は Waldhausen の category with cofibrations and weak equivalences の条件以外に何が必要だろうか?

  3. 関連した問題として, cofibration と weak equivalence だけを持つ圏の公理を見つけるというものがある。 Radulescu-Basu の [Rad] を見ると良い。その motivation はホモトピー極限であるが。
  4. Hirschhorn [Hir03] は, 一般のモデル圏でホモトピー極限を構成するには何が必要かを考えている。 一方, 位相空間の圏の Strøm model structure では, functorial factorization は mapping track と mapping cylinder, つまり homotopy limit と colimit を用いて構成されている。

    もしかすると, ホモトピー極限を持つ圏を公理化し, そのような圏がモデル構造を持つことを証明する方が「正しい」のかもしれない。

  5. Dwyer と Hirschhorn と Kanと Smith の [Dwy+04] では, weak equivalence のみ持つ homotopical category という概念が定義され, その上の homotopy (co)limit について調べられている。この homotopical category というのは, どれぐらい有用な概念なのだろうか。
  6. Billera と Sturmfels は, 凸多面体の間の射影に対し, fiber polytope の概念を定義した。また mapping polytope の定義が Ziegler の本 [Zie95] の §9.4 にある。

    Ziegler は, 「多面体の圏」を調べるのは, Billera により提案された研究課題であると書いている。そして cofiber polytope の定義はまだ発見されていないとも書いている。

    「多面体の圏」はlimit で閉じていないからモデル圏にはならないが, かなり良い性質を持っているようである。 うまく公理化できると面白いと思う。

  7. Chorny が [Cho06] で 述べているように, モデル圏の定義で factorization が functorial であることを仮定することには疑問が残る。
  8. Triangulated category では, Brown の表現定理が Neeman らによって研究されている。 モデル圏のホモトピー圏ではどうだろうか。 Rosicky の [Ros05] などがあるが。
  9. Abel圏の条件を弱めた quasi-abelian category に対しても derived category が定義できる。ということは, quasi-abelian category での chain complex の圏には stable model category の構造が入るということではないだろうか。

    Hovey による Abelian category 上の model structure の研究の類似がどこまで成り立つのだろう?

    Cofibrantly generated な model structure を定義しようとすると, より具体的な圏で考えた方がいいのだろうが。例えば, locally compact Abelian group の圏とか。

  10. Triangulated category の例としては, Frobenius algebra のmodule の圏の stable category があるが, Salch [Sal13] は, より一般の Abelian category の stable category で homotopy colimit を構成することを考えている。

    このようなことをするための model category に代わる枠組みとしては, どのようなものがあるだろうか。

  11. McCord [McC66] によると, finite \(T_0\)-space の“ホモトピー圏”と有限複体のホモトピー圏は, 同じものになる。無限集合も含むように, より一般に Alexandroff space の圏を考えるべきであるが, このAlexandroff space の圏での fibration は何なのだろう? Alexandroff space の圏を扱うのに model category は適当なのだろうか。
  12. Garkusha が [Gar07] で考えている “associative ring のunstable homotopy theory” はどのように公理化すればよいのだろうか。

他にも, Hovey の algebraic topology problem list の中にも model category に関する問題のリストがある。

その冒頭で「あなたを雇ったり昇進させたりする人を始めとして, 多くの人にとって model category は抽象的すぎるので, これらの問題は, tenure を得るまでとっておいた方がよいだろう」と書いている。

この problem list が書かれたのは2000年ぐらいのようであるから, Hovey のコメントは当然だろう。 現在では, model category はその当時よりは一般的にはなっていると思うが, それでも, 理解している人は多くない。特に, 日本では。

Hovey の問題のリストはかなり古いものなので, その後どうなっているか気になるところである。当然, MathOverflow でも質問されている。2022年6月になってからであるが。 それに対する David White の回答がとても詳しく, 現況を知るのに役に立つ。

References

[Cho06]

Boris Chorny. “A generalization of Quillen’s small object argument”. In: J. Pure Appl. Algebra 204.3 (2006), pp. 568–583. arXiv: math/0401424. url: http://dx.doi.org/10.1016/j.jpaa.2005.06.013.

[Dwy+04]

William G. Dwyer, Philip S. Hirschhorn, Daniel M. Kan, and Jeffrey H. Smith. Homotopy limit functors on model categories and homotopical categories. Vol. 113. Mathematical Surveys and Monographs. Providence, RI: American Mathematical Society, 2004, pp. viii+181. isbn: 0-8218-3703-6.

[Gar07]

Grigory Garkusha. “Homotopy theory of associative rings”. In: Adv. Math. 213.2 (2007), pp. 553–599. arXiv: math/0608482. url: http://dx.doi.org/10.1016/j.aim.2006.12.013.

[Hir03]

Philip S. Hirschhorn. Model categories and their localizations. Vol. 99. Mathematical Surveys and Monographs. American Mathematical Society, Providence, RI, 2003, pp. xvi+457. isbn: 0-8218-3279-4. url: https://doi.org/10.1090/surv/099.

[McC66]

Michael C. McCord. “Singular homology groups and homotopy groups of finite topological spaces”. In: Duke Math. J. 33 (1966), pp. 465–474. url: http://projecteuclid.org/euclid.dmj/1077376525.

[Rad]

Andrei Radulescu-Banu. Cofibrations in Homotopy Theory. arXiv: math/0610009.

[Ros05]

Jiřı́ Rosický. “Generalized Brown representability in homotopy categories”. In: Theory Appl. Categ. 14 (2005), no. 19, 451–479. arXiv: math/0506168.

[Sal13]

Andrew Salch. “Homotopy colimits in stable representation theory”. In: Homology Homotopy Appl. 15.2 (2013), pp. 331–360. arXiv: 1303.3671. url: https://doi.org/10.4310/HHA.2013.v15.n2.a19.

[Wei95]

Michael Weiss. “Orthogonal calculus”. In: Trans. Amer. Math. Soc. 347.10 (1995), pp. 3743–3796. url: http://dx.doi.org/10.2307/2155204.

[Zie95]

Günter M. Ziegler. Lectures on polytopes. Vol. 152. Graduate Texts in Mathematics. Springer-Verlag, New York, 1995, pp. x+370. isbn: 0-387-94365-X. url: https://doi.org/10.1007/978-1-4613-8431-1.