スペクトル系列

スペクトル系列は, 代数的トポロジーにおいて最も有効な計算の道具の一つである。 二つの (コ) ホモロジーが同型であること, など証明に用いることもできる。

一方, Grothendieck と Verdier が derived category, そして triangulated category を導入したのは, derived functor やスペクトル系列による議論ではなく, より本質的なホモトピー圏での議論を行うべきという視点からだった。 その意味では, 理論的な道具としては, スペクトル系列はできるだけ使わずに, model categoryenhanced triangulated category で議論を行うべきなのだろう。 しかしながら, 現在でも, 具体的な計算のためにはスペクトル系列はとても重要な道具である。

スペクトル系列の概念は, J. Leray により導入された。その Leray のスペクトル系列は, J.-P. Serre により代数的トポロジーで使える形に翻訳され, その後の代数的トポロジーの発展の起爆剤となった。 このあたりのスペクトル系列の初期の話は, McCleary の文章 [McC99] や この Lieven Le Bruyn の blog post に詳しく書いてある。

Serre (もしくはLeray-Serre) スペクトル系列は, 古い道具である。 特異ホモロジーより, ほんの少し新しいだけである。しかしながら, いまだに非常に有用で便利な道具である。 更に, スペクトル系列の計算練習にもよい。 実際, 殆どの代数的トポロジストは, 4年生か大学院生の頃に, Serre スペクトル系列で, スペクトル系列に慣れ親しんだのではないだろうか。

Serre スペクトル系列は, fibration の total space に filtration を入れることにより定義される。ある対象に filtration を入れホモロジー関手を apply するというのは, スペクトル系列を手に入れる最も基本的な手順の一つである。 実際, 初等的なホモロジー代数で現われるスペクトル系列は, 全て chain complex の filtration からできるものである。 古いホモロジー代数や代数的トポロジーの本を読むと, この chain complex の filtration からできるスペクトル系列が詳しく解説してあるが, 非常に煩雑であり, 本質を掴むのに苦労する。 また, ホモトピー群の完全列からできるスペクトル系列のように, filtration からは得られないものもある。

まず, Massey の exact couple からスペクトル系列を構成する方法を勉強した方がよいだろう。

このアプローチでは, 様々なスペクトル系列を統一的に扱えること以外にも, Boardman の [Boa99] にあるように, スペクトル系列の収束を精密に議論できるという利点もある。 よって, スペクトル系列の勉強は, 次の二つの段階に分けられる。

  1. 完全対とスペクトル系列の一般論
  2. 具体的なスペクトル系列の構成と, それによる(コ)ホモロジーやホモトピー群の計算

一般論としては, Boardman の収束の理論 [Boa99] を理解することを目標にするといいだろう。その解説は, McCleary の本 [McC01] にあるし, 河野・玉木の本 [KT06] のスペクトル系列の章にもある。Boardman の論文を読んだ方がいいと思うが。

実際に使うためには, 主要なスペクトル系列について, それぞれの特徴を知っておくべきである。

スペクトル系列の一般化はあまり見たことがない。その意味で, かなり成熟した道具なのではないかと思う。と思っていたら, Matschke の [Mat22] が登場した。ファイブレーションの tower に順番に Serre spectral sequence を使うような場合に, 一つの spectral system として考えようというのである。

  • spectral system

積を持つ場合に \(A_{\infty }\)-structure を考える人 [Her] も出てきた。その元になっているのは Kadeishvili [Kad82] による dg algebra 上の \(A_{\infty }\)-structure のようである。

フィルトレーションからホモロジーを使って作られるものとしては, persistent homology もあるが, spectral sequenceとの関係を調べたものとして Basu と Parida の [BP17] がある。 彼等によると, spectral sequence の各\(E^r\)-termの次元は persistent homology から計算できるようである。

References

[Boa99]

J. Michael Boardman. “Conditionally convergent spectral sequences”. In: Homotopy invariant algebraic structures (Baltimore, MD, 1998). Vol. 239. Contemp. Math. Providence, RI: Amer. Math. Soc., 1999, pp. 49–84.

[BP17]

Saugata Basu and Laxmi Parida. “Spectral sequences, exact couples and persistent homology of filtrations”. In: Expo. Math. 35.1 (2017), pp. 119–132. arXiv: 1308 . 0801. url: https://doi.org/10.1016/j.exmath.2016.06.007.

[Her]

Estanislao Herscovich. \(A_{\infty }\)-algebras, spectral sequences and exact couples. arXiv: 1410.6728.

[Kad82]

T. V. Kadeishvili. “The algebraic structure in the homology of an \(A(\infty )\)-algebra”. In: Soobshch. Akad. Nauk Gruzin. SSR 108.2 (1982), 249–252 (1983).

[KT06]

Akira Kono and Dai Tamaki. Generalized cohomology. Vol. 230. Translations of Mathematical Monographs. Translated from the 2002 Japanese edition by Tamaki, Iwanami Series in Modern Mathematics. American Mathematical Society, Providence, RI, 2006, pp. xii+254. isbn: 0-8218-3514-9. url: https://doi.org/10.1090/mmono/230.

[Mat22]

Benjamin Matschke. “Successive spectral sequences”. In: Trans. Amer. Math. Soc. 375.9 (2022), pp. 6205–6254. arXiv: 1308.3187. url: https://doi.org/10.1090/tran/8650.

[McC01]

John McCleary. A user’s guide to spectral sequences. Second. Vol. 58. Cambridge Studies in Advanced Mathematics. Cambridge: Cambridge University Press, 2001, pp. xvi+561. isbn: 0-521-56759-9.

[McC99]

John McCleary. “A history of spectral sequences: origins to 1953”. In: History of topology. Amsterdam: North-Holland, 1999, pp. 631–663. url: http://dx.doi.org/10.1016/B978-044482375-5/50024-9.